無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

無駄な延命

Nスぺを観ながら、酔いつつなんとなく。

 

 

助かる見込みのない高齢者(イメージ的には90オーバー)の延命治療。

 

本人の意思確認が困難なケースがそれなりにある、と。

 

見込みがないならポックリ行きたい、と思うのが誰もが思うことなのかなと、思うわけですが、本人の意思が確認できない状況下では、家族にその判断がゆだねられるわけです。

 

てことを考えたら、その本人が生前稼いでいたらいただけ、無意味に延命されるに決まてるじゃないですか。だって、生きてたら、その分年金出るんですから。

 

てことで思ったのは、延命治療で支給が見込めるだけの年金は出してあげればいいんでないかしら。

 

年金が逼迫しているのはそうなんだが、どのみち払われる年金ならば、先払いすることによって、医療保険とか、医療現場の人的リソースの損耗を考えれば、メリットはあるんじゃないかなあ、と。

 

正直、死にゆく本人の問題ではなく、それを認めるか、そこに利害がかかわるか、という残される家族の問題なわけで、「親族の情」という言い訳の道をある意味断つことによって、社会的な人的リソースの損耗を軽減しましょうよ、という。

 

ここは、人間の性悪説に立って政策を立てていいんじゃないでしょうかね……