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無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

舛添辞任は民主主義の勝利だ【ただし良いことだとは思えない】

※「いじめる側にまわらないといじめられる」 舛添「攻撃」に識者の違和感相次ぐ

> 「セコいから辞めさせる」じゃ民主主義は成り立たない

何言ってんだこのオッサン、と思ったら理系の先生ですか。じゃあしょうがないね。

「セコいからやめさす」ことができるようにしたほうが、民衆が虐げられる確率が減るんじゃね?というのが民主主義ですよ。
民主主義ってそういう理念に立脚したシステムで、さすがにバカな大衆の一時の感情で統治をガバガバにするのはマズいから「間接」の部分で調整してるわけで。

今回は「間接」の部分が機能しなかった訳ですよね。
まぁ、参院選という「直接性の高いイベント」が控えているこの時期に出来した問題なので、議会システムの「間接性」が働きにくいタイミングだったことが枡添さんの不運だったというか、そういう時期に刺しに来たメディアの戦術勝ちというか、そういう展開だったんじゃないでしょうかね。

みなさん、大衆の衆愚性に疑問を持つのは良い。メディアがその衆愚性を煽るのは商売なんだからしゃーない。じゃあ、なぜその疑問をそもそもの「民主主義制度」そのものに向けないのか。
疑義を提示するなら、「民主主義というものはこういうものなので仕方ないという面もあるけれども」と断ったうえで、「俺は好みじゃない」と言えばいい。気に食わない現状を変えたいと思うなら、大衆をどう導けば民主主義社会がもう少しまともになるのか、どうしたら民度が上がるのかを考えないと。
私は無理だと思うので、あー不運な事故・もしくは壮大な喜劇がまた繰り広げられておるなぁ、以上の感慨を抱けないのでありました。