無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

命の線引き

http://www.cnn.co.jp/usa/35083483.html
米ゴリラ射殺 園長「同じことする」、保護者の責任問う声も

ライオンの檻でも似たような話を最近聞いた覚えが。

もうこれはしょうがない。
人間側の過失によって巻き起こされた事態ではあるが、人命が尊重されなければならない瞬間だったということです。
希少なゴリラと、バカな人間の子供。どちらの命が優先されるべきか。無論、人間の子供、となる訳です。

命の価値に線を引くとすれば、人間とそれ以外の間に明確で強固な線を引くとするしかない。
人間ではない生命を、線のこちら側の存在として位置付けてはいけません。
何故か。それは我々が人間だからです。

この、絶対不変の原則を曲げてはいけない、ということは、前にも言及しました。
(ブログ内検索しても、ググっても出てこないと思ったら、移行前のダイアリーの記事だったでござる。もう8年半前の記事ということに愕然としますわ。)

視野の狭い、先を見通す意志と力(想像力)を持たないバカたちは、目先の感情論に流されて「かわいそう」論をお垂れになるわけですが。
命の価値に差をつけて線引きせねばいけない以上(生きるとは、そういうことだという議論過程くらいは前提にさせてくださいな)、人間vsそれ以外という基準しかありえないということは、もう一度よく自覚しておく必要があるな、と。