無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

「日本」という文明を持ちえた世界の幸運 : 19世紀に対する私的俯瞰 あるいは 読書感想文 「明治維新という過ち」

 

明治維新という過ち」を読んだ。

理性的ではない、若い、体育会的な、狂った思想が日本を支配していた「帝国」期の日本は、さながら当時の国際社会において、今でいうイスラム原理主義に比定されうるようなものに支配されていた特異な存在ではなかったか。
これを肯定することは、今後の日本人にとって、ある種の禍根を残すことになるかもしれない。

精神論の横行、感性を理性に先行させる風潮(これはしばしば「職人技」礼賛、のような形で現代でも時々噴出する)。
私がこのブログを通じて批判的に考えているテーマに通じる問題である。

だが、世界史を見回したときに、アジア東部に非白人帝国主義国家が現出したということの意味は、決して小さくはない。

科学技術・組織論・経済政策などは、帝国主義戦争を勝ち抜くという目的のために、ある種の洗練を見る。

当時の非西欧地域において、高度な兵器を量産し、数十万単位の兵員を動員して近代的戦争を遂行する能力を持ちえたのは、米国と日本だけであった。非白人国家では日本だけである。

近世の東方アジアでは、当時の技術水準がなしえた、最高水準の恒久平和体制が確立していたと言って良い。これは地勢上の特色も当然関係していると思う。
地域を隔てる山岳地帯がほとんど存在しないと言って良い中国大陸では、「割拠」という戦争の普遍性はなかった。燃えた火は一気にすべてを焼き尽くし、くすぶり続ける火種を残さなかったし、海を隔てた日本においては、山々に隔てられた小国家群を、人工的に一大平野(すなわち関東平野)を作り上げ支配した大国(徳川家)が、緩やかに支配するという形での秩序が現出した。

話はややそれるが、関東平野が単なる湿原でしかないままであったとするならば、大国が存在しえなかったがゆえに、江戸時代という長期秩序は生まれなかったであろう。関東平野の要の位置にあったのが江戸であったわけで、唯一、群を抜いた大国としての徳川家を支えた関東平野の重要性を思うと、江戸に幕府があったからという理由ではなく、関東平野を基盤とした大国が日本を支配した時代という意味での「江戸時代」という語の響きに思いを致さざるを得ない。

閑話休題
大きな山脈が中央部を貫き、島国もごく狭い海峡でしか隔てられていない西欧は、戦乱が常態化していた。この、常態化した戦乱状態は、軍事に関して奇形的な発展を見せ、その効率性が地球全域に向けられた時代が19世紀(~20世紀初頭)だったといえるのではないだろうか。

常態化した戦乱によって奇形的に発達した西欧の軍事力に、当時の世界は席巻された。この島国を除いて。
徳川体制が続いていたとして、日本がその地位を占めえていたかと言われれば、明治維新に類するような狂気がこの国を支配していなければ、それは難しかったようにも思えてくるのである。

ある程度以上の人口規模を持った我が文明圏に対して、列強が清に対して行ったことを行わなかったであろうことを期待するのは虫が良すぎるのではないか。

奇形的に洗練された戦争技術のみによって西洋が世界を席巻するにつれて、まるで宗教のように白人優位主義がこの地球を覆ってしまったであろうことは、実は想像に難くない。
人間は、見た目に惑わされ生まれつきの貴賤をつけたがる、という本質的な特質をもっている。

西欧が環境的な要因で常態化した戦争状態が戦争技術を奇形的に洗練させた、という幸運(あるいは不運)によって19世紀が現出したし、白人たちがそれを幸運によるものではなく人種的な要因によるものだと規定する世界としての20世紀、というのは、実はかなりあり得た世界観なのではないかと思う。

狂った思想によって奇形的に戦争技術を洗練させた日本が非白人文明圏に存在したということは、日本史上の不幸であるかもしれないが、世界史上の幸運であったと思っている。