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無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

自戒:主張には正しく事実を認識する責任を伴う

 

安保法制に対して、「説明が充分ではない」と単なる有権者がぼやくのは、まだ許せるが(理解する意志にも、ときに能力すら欠けていることすらをも、まだ許せるが)、他者に対してその情念を発し、かつ同意してもらおうと思うのであれば、最低限、議論についてきていただくだけの事実認定や理解力・論理性を持っていていただかないと。

左派の方々が、中高年に至るまでその阿呆さを垂れ流し続けることで、麗しき女子大生のお嬢さん方の一部が、「そんな低能で情念だけ垂れ流していてもいいのだ」と思ってしまったことに、深い悲しみを覚えざるを得ないわけであります。

 

翻って、このブログとかで私は自分の意見を垂れ流しているわけでありますが、その主張の基に事実誤認や知識不足がないかという警戒心は持っておいてしかるべきであろう、と強く自戒するものであります。

 

イケハヤ先生的な「わきの甘い議論でもいいじゃないか」という考え方に基づいて、私もその尻馬に乗ってココを書いているわけでありますが、最低限、事実誤認や知識不足に対して、指摘されればそれを改める謙虚さは持っておいてしかるべきだろうな、と。

 

ただ、誤りを認めることと、反対の立場にある人に言いくるめられることは混同してはならないわけで、指摘に対してそれを鵜呑みにするのではなく、自分で学ぶこともきわめて大事なのでありましょう。

大概の場合、「両論ある」というところに行きついて、自説の正しさ・妥当性を再認識するに至るわけですけれども。