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無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

日本としては、アメリカに「スマンかった」と言ってほしいよね

今の東アジア情勢を俯瞰すると、憲法9条がきわめていびつな国際情勢を生み出している気がするんですよね。

当時の米国としては、賠償を課せない代償として永世非武装要求を飲ませるというのは、非常に大勝利なわけです。なんだかんだで有史以来世界トップ10圏内にあった(※)文明圏を非武装化させることは、賠償を得るよりも大きな成果だったのではないかと。

 

とはいえ、当時、憲法として課してしまった「非武装」という憲法は、時代の変化によって非常に不都合なものになってしまった。自衛隊ができるまでに10年もかかっていないわけです。

 

さて。憲法9条は、現今の情勢にあって、現実的には極めて不都合な規定であります。日米安保によって、日本の国力に比して適切な防衛力の整備の費用負担を、米国はかぶってしまったわけです。

日本はそれを経済成長に割り当て、適性国力に比して経済力(資本主義的パワー)を手に入れました。憲法9条は、日本にとって防衛努力から免れるための、格好の言い訳になったわけです。

それは、冷戦が終わって以降、国際社会的に「ズルい」と映ったのではないでしょうか。

国際社会の要請にこたえるためには、アメリカは、

GHQ指令で9条を制定させたのは我々である。しかし、米国のみならず、国際社会の平和のためにも、今それを変えてはもらえないだろうか。決めさせた我々が言うのも誠に不誠実ではあるが、日本国民の皆様におかれては、あなた方の国の実力に見合った国際貢献をしていただきたいのである。それはすなわち、憲法改正である。」

と、頭を下げる必要があるのではないでしょうか。

というか、そうでもしないと、日本の国防負担をアメリカがかぶり続けることになっちゃいますよ?みたいな。

 

 ※前近代においても、日本はその地理的隔絶性から比較論的事件からも自由であったがためにその実力を比較され得ないが、人口と農業生産力を考えれば、文明圏的考え方では世界トップ10程度の国力・実力を持っていたと考えるのが妥当であろうというのが私の持論である。