無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

人間の本能的悪行を矯正するには、教育で洗脳するしかないのよね

※21世紀の人権を再定義する。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishantha/20150427-00045161/

着眼点は素晴らしいと思うのですよ。
しかし、どうなんでしょうか。

自然な状態では、人間は「差別する」動物です。
他者に対する「比較優位」を得ることに、快楽・安堵を得る生き物です。
自覚の有無を問わず。

「差別」という心理的動きを、行動レイヤーに影響させないようにすることが「人権の擁護」なのではないかと思うのです。「人権擁護」という動きに対して、多くの人間が積極的になれないのは、心理的に不自然な言動を強制されるからです。他者の行動を制限するのは、よほどインセンティブをうまく設計せねばなりません。
「人権侵害」的な言動を抑制することが、何らかの個人的メリットになるような制度設計が必要です。しかし、我が社会には、もうそれだけの余裕はないでしょう。
しかし、逆に「教育」というレイヤーでの洗脳を徹底することによって、ある程度これは達成されているとも思えます。幼いころにしでかした、ある種の人権侵害的言動を思い出しては懊悩する、みたいな経験を持っている大人たちも多いのではないでしょうか。
善悪の価値感などと言うものは所詮、相対的な物に過ぎませんが、多くの人の行動を縛るためには、「絶対的善悪」のフィクションを信じ込ませるしかないのもまた事実なのです。