読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

脱労働化社会と現代的革命権





現代資本主義がもたらした飛躍的な生産力の向上は、
需要に比して圧倒的な供給力をもたらした。

現代社会における物価上昇は、
供給の伸長によって需要が喚起されたことによるのではなく、
政府の金融政策によって通貨の絶対量が増大したことによる。

参考)金価格チャート(30年)を参照
http://goldchart.seesaa.net/

参考)マネーサプライ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4


インフレは、過去の貯蓄の価値を相対的に逓減させていくことから
資産階層の流動性を緩やかに担保していると言えるが、
資産階層の固定化圧力として機能する資産運用(「投資」)によって
これは相殺されて余りあると言える。

「投資」は、それによって市中を流通する通貨が雇用を創出するという側面もあるが、
結果としてほとんどの場合、「富める者をますます富ませる」ために機能しているのだ。

行き過ぎた格差の増大はしばしば社会不安をもたらすとされてきた。

しかし、近代以降、物理的な力が人間の多寡ではなく、
資金の多寡(によってもたらされる実力装置)によって規定されるようになると、
富める者の暴走は止まらなくなった。

少数の富める者が物理的にも圧倒的な力を持つに至った。
20世紀の戦争の歴史はこれを決定づけた。


現代社会は以下のような要素で成立していると言える。

・少数の国の核戦力独占
・自由競争原理による生産力の増大
・資本の論理に依存した雇用
・人間の多寡によって一定の意思決定を行なう議会制間接民主主義政体



さて、「貧困問題」が近年ますます問題視されてきている。
現代社会は「農村モデル」(「食うに足る」物資を自給自足し、余剰物を市場に流通させる)に依拠していない。

ほとんどの人間は「雇用」に生活の糧を依存するようになっている。


現代社会における「貧困」の問題点はここにある。

「投資」によって供給を増大させても「需要」が弱く、利潤が上がりにくいために
雇用が充分に創出されなくなっているにも関わらず、
人々は生活のために雇用を必要としているのだ。

雇用あたりの供給力上昇もこれに拍車をかけている。

機械化しづらい分野ほど雇用創出力は強いが、技術革新はあらゆる領域で
人間を雇用から疎外し続けていくのだ。
私はこれを「脱労働化社会」と呼んでいる。



したがって、我々は雇用に依存しない生存モデルを模索する必要がある。
雇用から疎外された人間への所得再配分機構である。

私が知るだけでも、これまでにその理論的筋道はいくつか提示されてきた。
端的には「生活保護」であるし、「ベーシックインカム」や「負の所得税」といった
考え方もこれに該当するだろう。

しかし、これらの理屈が、富める者たちの
「なぜ俺が自分の力で稼いだ金を不当に多く払わねばならぬのだ」
という問いに明快に答えることはなかったように思う。

法体系の維持や治安の維持、インフラ機能や金融システムは、
富める者たちにこそ大きく寄与している、という言い方は可能であるが、
それでは具体的な金額を算出して見ねば納得しがたかろう。


そこで私は、より感覚的に得心できる理屈をひとつ提示したいと思う。


 現代的革命権 である。


富める者・巨大資本というものは、本質的に貧困に喘ぐ者から恨まれる蓋然性が高い。
すなわち、治安秩序の維持に係るコストは累進して高いのである。

基本的人権として人民に革命を起こす権利を認め、これを行使せざることをもって、
安全保障税を支給するのである。

非常に単純化してしまえば、刑法を冒さなければ、そのことに対して給付金を与える。
これをベーシックインカムとして機能させれば、高率の所得税との組み合わせによって、
所得の再配分を図ることができよう。

高率の所得税を逃れる者に対しては、人民の革命権の代理行使として、
場合によっては国軍による略奪すら許してよかろう。



少々過激にも思えるが、いかがだろうか。


ともあれ、来たるべき脱労働化社会に堪えうる枠組みを模索せねばならぬ時期に
差し掛かっているのではないだろうか。

ゼロから制度を構築しなおす暇はないかも知れない。
すでに存在する仕組みを基礎として基本理念を立て直すことによって、
いち早く基礎理念を打ち立てるべきである。
情報技術を中心とした技術革新は、想像を絶する速度で我々の雇用を奪うだろう。

これまでは、職業が消滅しても従事者の自然減によってバランスがとられていたかもしれない。
しかし、これからは、職業消滅の速度が、
我々の人生をあっという間に抜き去ってしまいそうな気がしてならないのである。