読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

正義の種



島国さんトコがこんなことを。

http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-2967.html

> ③彼のやっていることは労働力のダンピングだ。
>  ここまで書けばもうお分かりと思うが。
>  彼のやってることは労働力のダンピングだ。
>  本来価値より安くその労働力を売ることで、自分のポジションを確保している。
>  それは、他の正規の価格で労働力を売る労働者のポジションを奪っている。過当競争に追いやる。
>
>  労働力のダンピングで成り立つ企業は、正常な単価の企業を駆逐する。
>
>  社会悪だ。


これって、話としてはチャンピオンREDいちごが、
背表紙に黄色マークを掲示してゾーニングしている業界に対してやらかしたことと、
構図が似てるんですよね。

「やらないでおこう」という【取極め】に対して抜け駆けするヤツがいて、
そいつのせいで全員が迷惑する。


これに対する考え方が「自由競争主義」みたいなところもあるので、
一概に【取極め】を順守しなさい、という話にもならないのだけれども。



その【取極め】を守るべきか破棄すべきは、やはり「正義」で判断するしかない。
「正義」という言葉は嫌いだけれども、その判断基準を「正義」でなければ何と呼べばいいのだろう。

(私が言いたい「正義」が、【取極め】そのものや【取極め】を守らせるための強制力ではないことは言うまでもない。
「正義」が存在するとしたら、やはりそれは【取極め】の上位にある概念なんだろうな。)



自分個人の思いとしては、
「独裁政党に正義などないのだから、共産主義社会主義は正しくない」
という感じだし、
「資本家に正義などないのだから、資本主義は正しくない」
だし、
「大衆に正義などないのだから、民主主義は正しくない」
となる。

いや、どうだろう。

大衆に正義などありはしないが、大衆の中に正義の種はありそうな気がする。

    「病気で働けないのね、かわいそう」

    「原発はよくわからない、怖い」

    「戦争は怖い、よくわからないけど集団的自衛権反対」

 「アイツ、何も働いてないくせに俺よりいい暮らししてやがる」

代表を立てて議論することで「正義」を明確化・論理化し、
それを実現させようという考えが議会制民主主義の在り方だ。たぶん。

しかし、明確化・論理化された「正義」の素(=【取極め】)は、
 ・どういう理屈でそうなったのか、理解するのが難しい
 ・本当に正しいのか判断できない
 ・本当に判断するためには、専門的な勉強が必要である
という感じなので、大衆はそれが正義に適っているのかどうか、判断できない。


「説明責任」という私の大嫌いな言葉がある。
理解できない人に、理解しようとしない人にいくら「説明」しようとも、
「説明責任」など絶対に果たせないからだ。

「説明責任を果たせ」という人間に限って、その説明を理解しようとしない傾向があるような気がする。
わかりやすく言い換えると、バカほど「説明責任を果たせ」って言っている気がする。

議会制民主主義にもやはり正義はなさそうである。

だが、今のところ、とりあえずマシな感じがしてます。

 

あとはメモ

アパ元谷代表、朝日への広告やめる 慰安婦大誤報「国家的損失は天文学的」
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140815/dms1408151820018-n1.htm

「やめる」ってタイトルになってますが、アパが朝日に今まで広告を出していたと考えるのは
とても不自然なんですけれども、どうなんでしょうか。
記事中も、「今後出稿することはありえない」くらいしか言ってない感じですし。
教えて!朝日読者さん!