無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

バカと法律

イケダハヤトさんがまさかのアウトロー宣言
http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2014/06/18/120018

ハゲさんのイケハヤさんウォッチ記事をながめてたら、ブッ飛び過ぎてて吹いたのでメモ。

匿名粘着の人たちって、法律守るの大好きなんですよね。法律というのは、彼らにとっては絶対的に他者を攻撃できる理由になりえるので。「それは違法である!」という刃は弱者が持ちうる最強の武器なのです。 ― イケダハヤト (@IHayato) 2014, 6月 18

法律なんてのは、なんら絶対的ではないルールないのに。法律の方が間違っている、遅れていることだって、歴史を見ればごくごく普通にあります。順番としては、法律を大切にするより、まず己の倫理観を大切にすべきだとぼくは思いますね。匿名アカウントで粘着するのは、善いのか悪いのか、と。 ― イケダハヤト (@IHayato) 2014, 6月 18

たとえば、殺人が法的にNGなのは「法律がそう定めているから」ではなく、「ぼくら市民が殺人はNGだと考えているから」です。現にぼくらの大半は、法律のあるなしに関わらず、他者を殺さないでしょう。法律は順番でいえば「後」なのです。 ― イケダハヤト (@IHayato) 2014, 6月 18

「法律」を根拠に他者を攻撃したり、貶めようとするのは、色々ねじまがっていると思うんですよねぇ。そういう人が増えると、戦争が起こるようになるじゃないかな。 ― イケダハヤト (@IHayato) 2014, 6月 18


私は別に法学の専門家でもないし、法学部卒でもないし、だからと言ってその辺の法学概論を今から読んで勉強できるほど暇でもないのでチラ裏にこっそりと違和感の表明だけしておくわけですが。



法・法律にもいろんなカテゴリがあるわけですが、基本的に法というのは、おっしゃる通り「弱者の持ちうる最強の武器」です。付け加えれば、ほぼ唯一の武器でもある。
物理的実力(=暴力)も正当性を主張するだけの論理力も持っていない弱者が不当に虐げられないために、法は存在しています。

「法律を大切にするより、まず己の倫理観を大切にすべき」という物言いは、強者の論理です。倫理観が衝突した場合に、力が強い方の倫理観が是とされてしまう、弱者は黙って強者に従え、という論理です。

そうすると、無能は罪であるという倫理観を持っている人(「歴史を見ればごくごく普通にある」現象です)は、「己の倫理観を大切」に思うがゆえに知的に脇の甘い発言を繰り返す人に匿名粘着を繰り返すわけです。 この論理に従えば、匿名粘着もアリたりえてしまいますね。

もうひとつ。 殺人が法的にNGなのは、「市民が殺人はNGだと考えているから」じゃないです。
感覚的な話、バカであればあるほど、「己の倫理観的にこいつは殺してOK」と思っている人が多い(「歴史を見ればごくごく普通にある」現象です)から、強制的にどんな殺人もNGであることにしたんです。罰則も重いものにした。それによって、殺人という行為が権力によって「割に合わない」行為にされた結果、「市民が殺人はNGだと考え」るようになったんです。順番が逆です。市民の倫理観が「後」です。

「己の価値観的に、こいつは殺してOK」が衝突する究極形態が戦争だ、と考えると、 イケハヤさんみたいな考えの人が増えると「戦争が起こるようになるじゃないかな。」

そういう話が書いてあるような法律関係の本を読みたいと思いつづけているんですが、あんまりドンピシャのものに出会わないんです。市民的な倫理と国家的な法の関係性について記したおすすめの作品があればぜひ教えてください~。 ― イケダハヤト (@IHayato) 2014, 6月 18

イケハヤさんみたいな法律観を是とする法律関係の本があるなら、そのロジックは私も知りたいので、ぜひ教えてください~。



で。

粘着はともかく、匿名は結構重要だと思ってます。複数の言説・言論のアイデンティフィケーションの問題とリアル社会生活情報の開示の問題は別だと思っていて、前者の立場に立つと、「名無しさん」は不誠実だと思いますけど、後者を思うと「固定ハンドル」の人は全然アリなんじゃないの、と。
特に我々「プロ」ではないヒトは、自分の本職に影響出すわけにはいきませんので。




さて。
個人の倫理観の暴走はとても窮屈な社会を産むと思っています。
良心の自由を守るためには、節度が必要です。

児童ポルノみたいに、タガを外して調子に乗って目立つから、「単純所持で罰則」みたいな、銃とか麻薬みたいな扱いにされるんです。
世のロリコンは調子に乗って市場に流通させまくった業者にキレなければいけない。

そうやって余計な法律・規制が増えていくと、とても息苦しい世の中になってしまいます。
人が眉をひそめるようなことは、陰でコソコソやらなければ、ファシスト共を調子づかせるだけなんです。
これまでエロ業界が社会との距離感を守るために築き上げてきた自主規制ルールをブチ抜く、というのはそういうことです。

過剰な自主規制と表現の自由、新しいものを産み出しにくくなる「空気」の醸成、みたいな話は業界内で煮詰めるべきです。
業界を守るための自主規制と、業界を発展させるための「新しい試み」の不断の相克こそが、社会受容性のために必要なことだと思います。









全然関係ないですが、石原jrが面白発言をかまして、久々に野党の面々が生き生きとしているのを見ると、「もうだめだこの国」感がハンパないです。