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無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

いつの世もバカはバカ。~無能が恥でない時代~

 

ふと思っただけなので短信。

 

いつの世も、バカは救いようがない。

普通選挙が真正面から信じられた時点で、バカがバカであることを恥と思わなくなった。

 

バカとは何か。

論題について語るに際して把握しておくべき論点が把握できない者のことを言う。

 

前近代は、国家の意思決定からバカを排除できていた幸福な時代であった。

「勉強し直して来い」の一言でカタがついたに違いない。

 

しかし、普通選挙の時代が来て、事態は変わった。

バカが数の暴力で、論点を踏まえずに意思決定に携われるようになってしまったからだ。

 

若い時分に努力もせず、知性の鍛錬も怠り、ただ、その時々の情念によってのみ意思を表示する。まことに唾棄すべき、恥ずべき人種だ。

だが、彼らが「有権者」になりおおせたとき、無能が恥ではなくなった。

 

 

時代がここに至ると、バカを煽動する人間が現れる。

己のバカさを旗印にバカを煽動する超絶バカと、バカの情念を己が理念を実現させるために利用する僭主と、である。

 

社民党鳩山由紀夫菅直人は前者であり、共産党は後者である。

安倍晋三は、本人はおそらく前者だが、取り巻きが後者である。

 

しかし、逆に考えれば、情念の具現化が政治の本質と考えれば、安倍晋三ほどデキた政治家もいないのである。

 

え、かくいう俺ですか?自分の論点把握欲求の低さを思い、己がバカさを恥じる程度には知的に真摯でありたいと願うバカですが、何か?