無能が恥でなくなった時代に生きる

ネットを通じてリテラシーが上がってきたためか、無能はやっぱり恥だよねという空気がジワリと出てきた気がするので、「バカについて考える」に再改題しようかな、とか考えています。

調子に乗ってはいかんのですよ

艦これにドイツ艦娘が実装されて、ナチス賛美だとか批判されている方がいらっしゃるみたいです。目につかないようにリンクとかはしませんが。

■ 頭ごなしに否定することのファッショ性について

ドイツ第3帝国ネタを、ダメなんだからダメ、と拒絶する態度は、思想・良心の自由、言論・表現の自由という観点で見れば極めてファッショ的だと思うんですがね。
ナチ非難のあり方として、ホロコーストの残虐性みたいな部分のみに着目して、言論統制やったっていう点は問題視しないヒトなのでしょうか。
わたくし、不勉強なので言論統制をネタにした反ナチ論ってあまり聞かない気がするんですが、反ナチの方々って、言論統制は別に問題ないとお考えな んですかね。
どっちも良くないが、ジェノサイドの方が言論統制よりも遥かに悪辣だから……ってこと?

ともあれ、ことナチの評価に及んだ時に、途端にダメなものはダメと教条主義的に全否定される方を見ると、

・自由の否定とい観点ではきわめてファッショ的な言論だけど、自己矛盾してない?
・それ自己矛盾してるよ、ってツッコミ待ち?
・実は、わたくしが不勉強なだけで、ナチが思想や良心の自由、言論や表現の自由は手厚く保護してたってこと?

みたいなことを感じてしまうのであります。


と、思って調べてみたら、その自己矛盾をはらむ考え方は「戦う民主主義」と言うそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E3%81%86%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9

でも、これって思考放棄して良いってことではないけどね。



■ オタ論として

もうこれ、そっとしておいてくれ、なんですよね。

社会的に認められていようが認められていまいが議論の対象にして、思索的にこれをもてあそんで(=妄想して)楽しむのがオタなので。

わざわざ首を突っ込んできて非難しないでいただきたいのですよ。



■ 現実的な話として

逆に、オタとしては、一般社会的にヤバいネタを扱うときには、必要以上に外に向けてアピールをしない自制心が欲しいところです。
 21世紀に生きる我々が、なんで大昔の「歴史ネタ」で盛り上がっちゃいけないんだ?
 そんな風紀委員的なことを言いやがって、なんて野暮なヤツなんだ。

という気持ちをグッと押さえて、「政治的に正しい」人たちと戦ってはいけないのです。


オタがその自由を守るためには、節度を持って自制していかなければなりません。

だから、商業オタメディアも自重しろよな!





■ オタの危うさと正義教の人々

そういう意味で、最近のオタは危うすぎる(「若いオタ」とは言わない。私と同年代でも危ういヤツらはかなり多い)。
オタが愛でる娯楽は、多く「政治的に危うい」要素を含んでいるので(逆に「政治的に危う」くなければなんにも面白くない)、世間様に演繹してはならんのです。

「『政治的に危うい』ネタを陰でこそこそ愛でる自由」を守るために、自制心を持って「布教したい欲望」と戦わねばならない。
「政治的に間違っている」言説によって傷つく人たちと我々を、「政治的に正しい」野暮な人々から守るために。

「政治的に正しい」人たちは、だいたい野暮なので、「政治的に危うい」ネタを「政治的に間違っている」話に曲解コンバートをかけて、大声で騒ぎたてる傾向がある。

「政治的な」弱者の人たちを傷つける言葉は、実は「危うい」を「間違っている」に変換して大騒ぎする「正しい」人たちが生産しているのであって、 一番の加害者は「正しい」人たちなのであるが、彼らは「正義」教の狂信者なので、何を言っても無駄です。


我々「危ういネタ」を楽しむ人たちは、正義教の信者という避けえない外部要素があることを自覚して、「政治的な」弱者を傷つけないように注意すべきです。

正義教の信者は、「政治的には」正しいので、逆らっても勝てません。
論駁しようとしても、「政治的に間違っている」主張を我々のものとしてまき散らすだけで話になりません。

であればこそ、彼らにその議題を与えてはならないのです。



■ ……あれ?

正義教の信者って……似たような人々がお隣の国にも……ゲフンゲフン。



■ 3/18追記


なんか、例の粘着が、キチってるという評価になってるぽく。

ネタにマジレスしちゃったような居心地の悪さを感じる訳ですが…

わ、私が言いたかったのは、無用な根絶圧力を回避するためには、あえて隔離を受け入れるという選択も視野に入れるべき!ってことなんだからね!!